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音楽全般

音楽は「音が苦」?(個人的なつぶやき)

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これは旧ブログの記事を再掲載したものです。指揮法の斉藤先生門下のレッスンが如何に厳しかったかというお話としてお読みいただけたら幸いです。


 音楽の世界は厳しい世界である。これは日本だけではなく、全世界共通であると思っている。これは世界で活躍なさっている秋山和慶先生を間近で見て感じることだ。

 「ほめて伸ばす」は初心者のうちは良いが、いつまでもそうはいかない。本格的に音楽をやろうと思えば、厳しくなるのは当然なのかもしれない。秋山先生や小澤征爾さんを育てた故斎藤秀雄先生は鬼のように厳しいことで有名である。小澤さんはレッスンの途中で裸足で逃げ出したこともあると某テレビ局のインタビューで語っておられた。

 斎藤先生にもっとも長く師事なさった故櫻井将喜先生も厳しかった。正直私も何度も逃げ出した。裸足ではなかったが…。「もうやめよう」と何度も思った。実際その厳しさにおやめになった方もいた。レッスン中に、「そんな勉強の仕方じゃ、おれのところに来る意味がない」というような事をよく言われた。しかし、「やめます」と先生には言えなかった。なぜなのか?

 先生のレッスンは、プロの世界で通用するレベルのレッスンだった。弟子は弟子であって、「お客さん」ではないのだ。どのようにしてプロの世界でメシを食っていっているか(注:メシを食っていけるか、ではありません)を教えてくれる訳だから、生半可なものではない。もう、ずいぶん昔の話なので書いても許していただけるだろうが、秋山先生が某音楽大学で「指揮法」のレッスンをなさっていた時のことである。「お金を払っているのだから、こちらの希望する内容のレッスンをしてほしい」と言われたことがあるそうだ。ううむ、そういう考え方もあるか…、正直そう思った。でも、師匠から教わるのは、その師匠のやり方であって、自分のやり方ではない。師匠のやり方を自分のものにして、自分のやり方が通用するかを師匠に見てもらうのである。指揮なんて教わるものではないのだ。

 私が受けていた指揮法のレッスンは、初歩の頃は別にして、自分で必死になって音楽の研究をし、指揮の練習をして、それを先生にみてもらうレッスンである。ほとんどはダメ出しされておしまいである。場合によっては、「ダメだな。もう一度勉強してきなさい」で終わりである。自分で正解を見つけられるまで、ひたすら勉強してこいというレッスンだった。

 確かに苦しい…。でもプロの指揮者にとって自分で自分の音楽を作り上げられなければ、なんにもならない。しかも「自分勝手」な音楽ではなく、クラシック音楽に精通している聴衆が「いい」と思える音楽…。これは、自分でつかみ取る以外ないのだろう。

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