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音楽全般

私が音楽を始めた頃~指揮は恐ろしいな~編

 ←私が音楽を始めた頃~フルートは難しいな~編 →我が師の指揮と斎藤メソード
 私が指揮を経験したのは、中学生の時でした。吹奏楽部に何の気なしに入った私は、決して真面目に練習をやっているとは言えませんでした。部活の都合でパーカッションはやれず、ようやく音が出るようになったトロンボーンも、数か月でユーホニウムに移らされました。もっとやる気がなくなってしまったわけです。今思えば、まったくしようがないなと思うんですけれども、それでも辞めはしませんでした。

 3年生になってからだったと思いますが、校内の合唱コンクールがありました。これはクラスごとにまとまって合唱をし、その出来を競うものなんですが、クラスの中で小さい頃からピアノを習っている女子がピアノ伴奏をすることになり、指揮を誰にするかという話になりました。吹奏楽部員は私しかいないクラスでしたので、否応なく私に決まりました。

 吹奏楽部員はみんな指揮ができるなんてことないのに…、と心の中でつぶやいても仕方がありません。なんとかするしかない。顧問の先生にどう指揮したらいいか聞いたら四拍子の図形だけ教えてくれました。後は練習あるのみ!というわけです。

 なんだ、金管楽器よりも、タイコよりも簡単じゃないかとアホな私は単純に思ってしまいました。だって管楽器は音程変えなきゃいけないし、タイコだってリズムを変えなきゃいけないんですよ。それから比べたら、曲の最初から最後まで四拍子を振ってればいいんだから楽です。そして、家に帰ってからひたすら指揮の練習を開始しました。

 合唱コンクール本番の日、会場になった体育館のステージに上がると、全校生徒千人近くがこちらを見ています。吹奏楽コンクールが行われるホールの客席は真っ暗でステージからはよく見えないのですが、体育館は明るくて、みんなの顔がよく見えます。「うわー」と思った瞬間アガってしまいました。指揮台に上がる時には足がぶるぶる震えてました。今でもよく覚えています。

 夢中になって指揮をして、演奏が終わって客席に向かっておじぎをすると、今までにないくらい大きな拍手が…。そして私のクラスが優勝したのです。これが指揮をした初めての経験で、指揮の魅力に憑りつかれた経験でもありました。

 高校では、部長にも選ばれて指揮をしましたし、卒業してからも顧問の先生に頼まれて音楽祭などで後輩たちの指揮をしたこともあります。その時の演奏曲はドボルザークの「新世界」第四楽章でした。

 大学生になってから、縁あって指揮法のレッスンを受けられることになりました。当時小澤征爾さんが華々しく活躍し始めた頃でしたから、興味津々、自信満々でレッスンに就くことに決めました。今思えば、なんて浅はかな考えだったんでしょう。

 先生は、小澤征爾さんと同門で、斎藤先生に最後まで師事なさって東京交響楽団の指揮をなさっていた櫻井将喜先生と、当時バンクーバー交響楽団の音楽監督でいらした秋山和慶先生でした。当時、このお二人で「指揮法」のビデオを制作され、斎藤メソードをわかりやすく解説なさっていました。すでに第一線でご活躍なさっていたお二人でした。

 そういう先生のレッスンが受けられるというので、楽しみにしてましたが、楽しみはすぐ苦しみに変わりました。何しろ一番最初のレッスンの時に、自分の指揮で出た音が、とても音楽と言えないものでした。最初の先生のセリフが、「ピアノはあんたの指揮した通りに弾いているんだからね。これだけ非音楽的に弾きたくないはずだよ」 「…………。」いや大ショックでした。それからはもう苦しいことばかり。

 ようやく櫻井先生の前で恥をかくことに慣れて来た頃(うまく出来るようになった頃ではありません)に、秋山先生のレッスンがありました。その当時、秋山先生は海外を主に活動なさってましたので、日本に帰っていらした時にレッスンがあります。その日は朝からレッスン場が緊張していました。何といってもテレビでしか拝見したことのない方が目の前にいらっしゃるのですから、私よりもキャリアをお持ちの方でも顔が引きつっていますし、指揮棒を持つ手が震えています。

 私の初レッスンは、さんざんでした。ピアニストの方がこの日ばかりは仏心を起こして、私の指揮をリードするように弾いてくれたのですが、それを完全に秋山先生に見抜かれたのです。「ピアノの方が指揮より先に行っちゃってるじゃない。それじゃ指揮じゃないよ」 「…………。」(以上、終了)

 指揮のレッスンを受ける前までは、指揮というのは音の出(アインザッツ)を指示するのが主で音楽全体を指揮するのは不可能だと思ってました。もちろんアインザッツを指示するのは指揮の重要なポイントなのですが、音楽全体を指揮するのは不可能だと思っていたのは間違いだと思わされました。

 秋山先生のレッスンの時です。秋山先生がメンデルスゾーンの曲を、「ハイドン風」「ベートーベン風」「モーツァルト風」と振り分けて見せてくれたのです。もちろんピアニストと事前の打ち合わせなしのぶっつけ本番です。心なしかピアニストの方も青ざめているように見えました。「私の振る通りに弾いてくれればいいから」と言われて、秋山先生の指揮に合わせて弾き始めたのですが、まあ見事に曲の雰囲気が変わります。世界のトップクラスの指揮者はこんなこともできるのかと、心の底から驚かされた瞬間でした。秋山先生がこのようなことをして下さったのは、私が師事していた20年間の中で、これ一回きりでしたが、いまだに鮮烈な記憶として残っています。

 ちなみに、20年間の中で先生から褒められたのは、秋山先生からは1回きり、櫻井先生からは2回だけでした。後はもう怒られてばかり。このあたりのことは長くなりますので、後で詳しく述べたいと思います。お二人からは足掛け20年、指揮法だけでなく、さまざまなことを教わりました。とてもありがたいと思っています。

 その後、埼玉県の公立高校の吹奏楽部の顧問として活動してきました。毎日が仕事のようで趣味のようでみたいな生活をしていました。今は学校の現場からは離れて、社会人の吹奏楽団でフルートを吹いたり指揮をさせてもらったりしています。

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~ Comment ~

No title 

無事に手術を終えられたとのことよかったですね。
一安心ですね。
急に寒くなりましたしご自愛なさってください。

たかさんは中学生の頃から指揮をされていたのですね。
私はピアノ伴奏をやっていました。
今思うと恥ずかしくなるような何も考えていない伴奏でしたが、あの頃はあれでいいのだと思っていたのでしょうがないですね^^;

Re: No title 

sakuraさん

> 急に寒くなりましたしご自愛なさってください。

ありがとうございます。今日は手術の傷跡がちょっとうずいてました。
sakuraさんはピアノ伴奏を中学の時にやったのですね。
私が中学生の時には、ピアノを弾ける女の子を羨望の眼差しで見ていたものです。
うちの一番上の娘が中学生なのですが、
ピアノ伴奏をやるようで一生懸命練習しています。


> たかさんは中学生の頃から指揮をされていたのですね。
> 私はピアノ伴奏をやっていました。
> 今思うと恥ずかしくなるような何も考えていない伴奏でしたが、あの頃はあれでいいのだと思っていたのでしょうがないですね^^;

No title 

こんにちは。
新ブログ、初訪問させていただきました。
手術、無事に終わられて、良かったです。
でも、無理しすぎず、ご自愛くださいね。

指揮ってむずかしいですね。
演奏が整理させていくとつくづく感じます。
中学生から指揮をされていたのですね。
私はずーーーっと小学校の高学年から、ピアノ伴奏してました。
その頃から、一振りでつくりがかわってしまう指揮って、難しいなーとおもってました。

たまには歌もいいなーなんて思っていたかも。
だからというわけではないんですけど、歌って、未だに苦手です、、、。

Re: No title 

まつばらさん

この部屋にようこそ!

> でも、無理しすぎず、ご自愛くださいね。

ありがとうございます。ちょっとずつでも体を動かしていかないといけないそうなので、兼ね合いが難しいですね。オーバーワークにならないように気をつけます。

> 指揮ってむずかしいですね。

はい、難しいです。でも私はレッスンにつくまで指揮は簡単だと思ってました。アホですね。

> 私はずーーーっと小学校の高学年から、ピアノ伴奏してました。

やっぱりそうなんですね。ピアノが弾けるのはうらやましいです。でも私、特技があるんですよ。それは吹奏楽のフルスコアを見て、ぱっと和音が弾けてしまうんです。この特技は有効ですね。
私は歌は苦手なんですが好きです。練習の時にどうしても歌っちゃいますね。声帯のリハビリも兼ねてます。
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