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「お願いします」の言葉の意味

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 この文は「吹奏楽」のカテゴリーにしました。でも私が最もこの言葉を使ったのは、指揮法のレッスンにおいてです。レッスンの始めに先生に対して使うわけです。なにげなく使っているわけではなく、相当な覚悟を持って使っていました。誰だってプライドがありますので(大人になれば尚更です)、耳の痛いことなどは言わないのが普通だと思います。音楽をやる場合も相手の欠点を、あからさまに指摘しないのが常識だと思います。レッスンの場合は、それを指摘してもらうことをお願いするわけです。少なくとも私は、そういうつもりで「お願いします」と言ってきました。

 「なにが悪いのかを指摘してもらって、もっと良いものにしていく」わけです。

 どうすれば良くなるのかを教わるわけではありません。「それは自分で考えろ」というレッスンでしたから。ですから「ダメだ。もう一回勉強し直して来い」でレッスン終了という場合もありました。もちろんレッスン代は安くなりません。1分もレッスンしてもらわないで1万円だったりして…(涙)。先生に文句を言っても仕方ありません。だって「お願いします」と言ってるんですから。

 アマチュアの場合、こういうレッスンは難しいでしょうね。中学や高校の一部の吹奏楽部くらいでしょう。そういう学校の部活動がテレビでも放映されたことがありますので、ご存じの方も多いと思います。大人になろうとする時期だから可能なのかもしれません。テレビで放映されたある高校の吹奏楽部の顧問の先生は、第一線で活躍するプロの演奏家も一目おくほどの方です。大リーガーの松井秀喜の出身高校の野球部の顧問の先生みたいですね。

 数日前のコメントにも書きましたが、こういう人はいわば「名伯楽」です。中国の古いことわざに「千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず」という言葉があります。「すぐれた才能を持つ人はいつもいるけれども、すぐれた指導者はそうはいない」という意味で使われます。

 そういう特別な人でない普通の人が、吹奏楽の指揮をする場合(そういうことも多いと思います)、率直に言って至らないところが多々あるのが普通です。しかも恐ろしいことに指揮者が変わると、メンバーが同じでも音楽ががらりと変わったりしますから、実力の違いを思い知らされたりします(私も経験多々あり)。そういう時にメンバーの方が、「あいつはダメだ」と思ってしまったら、そういう人はもう指揮できませんよね。そうしたら指揮ができる人は一体どのくらいいるのでしょうか。

 昔、小澤征爾さんとN響の間でトラブルがありました。有名な「N響事件」です。当時新進気鋭の指揮者だった小澤さんがN響を指揮したんですが、N響のメンバーが小澤さんをボイコットして、演奏会も中止になってしまった事件です。小澤さんは当時を振り返って、「当時の私に対する批判は当たってたと思う。でもそれで若い才能をつぶしてしまうのは良くない」と語っていました。小澤さんは、つぶれるどころか世界的な指揮者となりましたが…。

 アマチュアの指揮者は、指揮台に立つとみんな大先生になってしまったりします。みんながみんな小澤征爾さんではないのにね…。そうなるといくらなんでも上手くいかないでしょう。指揮をする方も自分の実力をわかった上で悪いと思った所を指摘して、メンバーも誰かが指揮をしないと合奏が成り立たないことをわかった上で、「悪いと思った所を指摘してね」という意味で「お願いします」と言うべきだと思います。
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2010/03/27 01:43:59に投稿してくださった方、コメントの内容が
本文と関係ないものでしたので、このまま非公開とさせていただきます。あしからずご了承ください。
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